名古屋・錦のコンパニオン派遣なら【さくらキャスト】

名古屋・錦のクラブ、ラウンジ、スナックへコンパニオンを派遣します

代表プロフィール

さくらキャスト代表プロフィール

Profile image
代表取締役
メンタル心理カウンセラー/上級心理カウンセラー

経歴

1969年7月26日 三重県伊勢市生まれ。

三重県立伊勢高校、南山大学経営学部卒業。

大学生活はバンドのボーカルとしてプロを目指して活動していたが就職したくなり解散。

大手生命保険会社にて12年間セールスレディの管理、育成に従事。

会社の統合を経験した後に退職し、2015年に人材派遣会社を起業。

人材派遣会社を継続しつつ、モバイル販促や居酒屋経営などで多くの失敗を経験。

生保時代に女性ばかりの管理をしていた経験と人材派遣会社でのノウハウから、2013年にコンパニオン派遣事業を開始。

人材派遣会社とは分社して株式会社SAKURA CASTとして創業。

自分自身が水商売のお店で働いた経験はないが、実家が料理旅館であったため、子供の頃から仲居や芸子らに囲まれながら夜の世界で育った経験が今に活きている。

育った環境

実家は祖父の代から続く料理旅館で、居間は出待ちの芸子の待機所でもあり、芸子たちが三味線の音合わせをしている中でTVを見たり食事をしたりという日常を過ごした。

酔っ払いのカラオケがBGMで、酒を飲むと立派な大人がどうなるかという姿や、それをあしらう女性たちの姿も散々見てきたため、水商売の世界には偏見も抵抗もなく育つ。

今や有名になった伊勢神宮の外宮に近いため、外宮は公園代わりの遊び場。

門前町という環境から、同級生たちも会社員家庭は少なく「〇〇屋の子」が多かったため、自分の育った環境が特殊だと思ったことはなかった。

結果的に母が家業を継がせないと言い出したことと、自分も継ぎたいわけではなかったため、大学へ進学し就職することとなったが、一族に会社員が一人もいない環境で育ったため、会社組織に馴染むことが本当に大変だった。

実家は元々料理旅館になる前は芸子の置屋(芸子を派遣するような商売)だったようで、自分自身で色んな事業をやってきたつもりが、派遣や居酒屋経営、そしてコンパニオン派遣と、時代背景による形は違えど実家の事業範囲とほぼ変わらない。

更に、一族で唯一会社員経験のある母は歌が好きでバスガイドになったという経歴があり、これもバンドで歌っていた自分とほぼ同じ。

結局何をやっても一族のやってきた範囲を全く超えていないことに遺伝子のすごさを思い知った。

特徴

一度興味を持つとかなりのめり込むタイプ。

起業したばかりの頃、会社のロゴを作成しようと思い業者を探していたが、価格設定が高いのか安いのかが気になり、とりあえず自分で作成してみようと思い立つ。

そこから使ったこともないillustratorなどを使い始め、ロゴ、名刺などを自分でデザイン。

やがて始める居酒屋のビラやポップなども全て自作し、とてもプロとは呼べないものの素人が見て耐えられるレベルのものは作れるようになった。

また、スタッフの給与計算や派遣先への請求のための計算ソフトに関しても、市販のものでは特殊な形式に対応できないため、Excelにて自作。

後に友人や知り合いから、名刺の作成を依頼されたり、店舗独自の計算ソフトの作成を依頼されたりするようになり、簡易なものではあるがさくらキャストの事業の一部となっている。

何事も続けているとそれなりの成果をもたらすことを実感した。

心理カウンセラーとして

学生時代からなぜか人の悩み相談に乗ることが多かったため、心理カウンセラーという職業自体には興味があった。

ただし、友人の悩み相談レベルのため、ダメ出ししたりアドバイスしまくったりしていて、カウンセラーのようにただ聴き続けるというようなことは自分には向いてないと思っており、資格を取ろうというような具体的な行動までは起こさなかった。

ところが人材派遣という仕事をしていくうちに、仕事にも活かせる部分があるのではないかと思うようになり、資格を取得した。

友人の悩み相談は相変わらずよく受けるため、そういった際にも今まで以上に力になれる部分があるのではという思いもあったが、いざ勉強してみると誰かの悩みと向き合う場合よりも、むしろ自分自身と向き合う時にこそ有効だと感じるようになった。

現在も心理カウンセラーをメインの職業にしようという思いはないが、必要な場面で活用していきたいと考えている。

さくらキャストを始めるきっかけ

元々会社員を辞めて派遣会社を起業したが、リーマンショックの影響をモロに受け、多角化を始めることになる。

モバイル販促なら時流に乗れそうだと思ったことがきっかけで、様々な店舗に営業をかけていく中、錦でラウンジを経営している経営者と出会った。

「派遣会社をやってるのなら夜の派遣もやってください!手伝いますよ!」という言葉をかけていただき、様々な試行錯誤を繰り返しながらコンパニオン派遣を開始。

当初は、その方の経営するラウンジの更衣室でさくらキャストのキャストたちも着替えさせてもらったり、店内の片隅で事務所代わりに待機させてもらったりといった状況からのスタートだった。

あくまでも通常の人材派遣をやっていく上での副業的な位置づけで考えていたが、モバイル販促が大失敗と判断したことと、その頃始めた居酒屋経営もわずか三年で不振となってきたところに、なんとなく作ったホームページだけでコンパニオンへの応募が来たり仕事がいただけたりするという状況となってきたため、本業としてやっていくことを決意。

新たに事務所を構えることになり、現在に至る。

色んな事業で失敗を重ねてきたが、モバイル販促をやっていなければコンパニオン派遣を始めることもなく、居酒屋を経営したことで店舗経営の難しさを学ぶことができた。

人生のチャレンジには何一つ無駄がないと確信している。